ココロの皮むき

産業カウンセラーが学んできたことを書くブログ

【傾聴力アップ】話し手が「共感してもらえた」と感じた時の聴き方を教えてもらいました。

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話し手が「共感してもらえた」と感じないと共感ではない。

 

こんにちは。どいつよしです。

 
 
前回の記事で、どんなに聴き手が共感的に聴こうと努力しても、話し手から「共感してもらえた」と感じない限り、それは共感的な聴き方ではないということを書きました。
 

 

 

 
その記事を書いている時を同じくして、話し手が「共感してもらえた」と感じた時の聴き方の一例を知ることができました。
 
 
なんということでしょう~!
 
 
タイミングが良過ぎです。ラグビー日本代表のトライゲッター、松島幸太朗と福岡堅樹がラストパスを貰いに来るのと同じくらいのタイミングの良さです!
 
 
さて、どんなことがあって知ることができたのか、お話していきますね。
 
 
Twitterでフォローさせて頂いている方に、株式会社ケアファースト東海人材開発センターさんがいます。
 
 
 

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Twitter担当さんと社長さんが、ためになるツイートやリツイートを定期的にしてくれていて、僕も学ばせて頂いています。
 
 
ある日、株式会社ケアファースト東海人材開発センターのTwitter担当のAさんがこのようなツイートをされていました。
 
 

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このツイートに対して、「どういう聴き方であれば、Aさんが話す気を失わずに済んだのかなぁ。」という興味が湧いて、お忙しいことを承知で質問させて頂いたのがこちら。
 
 

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そして、とても丁寧に返してくださいました。
 
 

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Aさんが仰っているように、「辛い」という感情を表す言葉を使うのは同じだけれども、Aさんにとって大事だったのが、言葉そのものではない、口調や間、雰囲気だったということがわかりました。
 
 
そして、「しんみりと返された」という言葉から、僕は、聴き手の発言「うーん...そうかぁ…そりゃ辛いよね。しんどいよなぁ」に言葉では表現できない深みがあったのではないかと推測しました。
 
 
コーヒーで言うところのコク。のような感じといえば良いでしょうか。
 
 
そして、それは、それこそ共感的理解の説明として一般的に言われている、「あたかも話し手であるように話し手の世界を体験してみてからの伝え返し」だったからこそ、できたことではないかと感じました。
 
 
その想いを受けて僕が返信したのがこちら。
 
 

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これに対するAさんの返信がこちら。
 
 

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この返信を読んで、思ったことは、
 
 
「あたかも話し手であるように話し手の世界を体験してみてからの伝え返し」は共感的な聴き方として、間違ってはいない。
 
 
ということと、
 
 
聴き手が「あたかもAさんが感じているかのように、辛さを感じて理解しようとしてくれている」ということが、ノンバーバルの部分から伝わってくることで、Aさんが「共感してもらえた」と感じることができたんだな。
 
 
ということです。
 
 
また、「同情でもなく」ということも大事なところだと思いました。
 
 
同情は、「相手の気持ちを我が事のように感じて同じ気持ちになろうとすること」です。相手の立ち場に立って理解しようとするプロセスがなく、自他が混同している状態です。
 
 
以前受講した講座で、「話し手は、聴き手の発する言葉からにじみ出ているものにとても敏感である」ということを教わったことがありますが、もしかしたら、Aさんが「共感してもらえてない」と感じた時は、聴き手の応答に、共感ではなく同情が感じられたから、ということもあったかもしれません。
 
 
Aさんとのやりとりでわかったことは、話し手が「共感してもらえた」と感じた時の聴き方として、
 
 
伝え返す言葉も大事であるが、「あたかも話し手であるように話し手の世界を体験して理解しようとしてくれている」ということが、ノンバーバルな部分から話し手に伝わることがもっと大事。
 
 
だということですね。
 
 
ノンバーバルな部分は、「あたかも話し手であるように話し手の世界を体験して理解しようとする」プロセスが聴き手にあれば、自然と言葉を発する時に、にじみ出てくるものなのではないかと思います。
 
 
そこにたどり着くには、「あたかも話し手であるように話し手の世界を体験して理解しようとする」プロセスを意識して自己研鑽を積み重ねていくしかないですね。
 
 
「あたかも話し手であるように話し手の世界を体験して理解しようとする」をもう少し具体的にすると、
 
 
「話し手が今話していること全体をどのように考え、感じているかについて、聴き手がありありと想像しながら徹底的に話し手の身になって捉え、感じようとすること(前田・伊藤 2016)」
 
 
です。
 
 
このことを意識しながら、自己研鑽を積んでいくことが大事ですね。
 
 
今回、Aさんとこのようにやりとりさせて頂き、「共感してもらえた」と感じた時の聴き方を教えてもらえたおかげで、共感的な聴き方についての学びが深まったことはとても良かったです。
 
 
また、僕自身の聴き方を振り返り、僕が「あたかも話し手であるように話し手の世界を体験して理解しようとする」プロセスを経て伝え返しをするには、じっくり聴けるような状況にすることが必要だなということにも気づくことができました。
 
 
話し手のペースに合わせた方が良いということもあるのですが、そちらにこだわり過ぎると、「あたかも話し手であるように話し手の世界を体験して理解しようとする」プロセスがなおざりになってしまうので、どう工夫していくかを実践の中で試行錯誤していこうと思います。
 
 
共感的理解の実践については、ジェンドリンに学び、フォーカシングの第一人者である池見陽さんから教わったことをもとに書いた記事があります。ぜひ、こちらも読んでみてくださいね!